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前橋地方裁判所高崎支部 昭和59年(ワ)230号 判決

原告

金井美千代

右訴訟代理人

春山進

右訴訟復代理人

根岸茂

被告

島村秀一

右訴訟代理人

山岡正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、一、六五〇万円およびうち一、五〇〇万円に対する昭和五八年一〇月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の事実主張

一  請求原因

(一)  本件事故の発生

原告の二男であつた訴外金井利男(以下、原告二男という。)は昭和五八年一〇月二六日午前一時〇五分ころ、訴外石井昇(以下、訴外石井という。)運転の普通乗用自動車(埼五六ほ六五三四、以下、本件自動車という。)の助手席に同乗して埼玉県春日部市大字赤沼一、五七六番地七先道路を進行していた際、訴外石井による運転操作の誤りにより、本件自動車が道路左側のガードレールに衝突したうえ電柱に激突したため、その衝激により、胸部内臓破裂の傷害を受け、同日午前二時五五分に死亡した。

(二)  責任原因

原告二男の父は訴外天野建二(以下、訴外父という。)であり、原告がその母であるところ、被告は昭和五八年六月一三日ころから本件自動車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたのであるから、被告は本件事故の発生によつて他人である原告二男が死亡したことに起因する損害を原告に賠償する義務がある。

(三)  損害

原告が本件事故の発生によつて被告に対して有する損害賠償債権はつぎのとおり合計三、一六四万六、二四四円であるが、その前提として原告と訴外父とは昭和五五年九月五日に協議離婚し、原告二男の親権者には原告がなり、その養育に当つていたので、原告は原告二男の治療費、葬儀費を自ら負担し、また、原告二男本人の慰藉料、逸失利益についてはその二分の一を相続したことになる。

1 治療費 一六万一、三八〇円

原告は原告二男の治療費として一六万一、三八〇円を支出した。

2 葬儀費用 八〇万円

原告は原告二男の葬儀費用として少くとも八〇万円を支出した。

3 慰藉料 一、二〇〇万円

原告二男は本件事故の発生により頭蓋底骨折などの傷害を受け、約一時間五〇分後に胸部内臓破裂により死亡したのであるが、これによる原告二男自身の慰藉料としては四〇〇万円が相当であり、原告はその二分の一に当る二〇〇万円を相続により取得した。

また、原告は昭和五五年に訴外父と協議離婚してから原告二男を引き取つてその養育に当り、女手一つで私立埼玉共栄高等学校に入学させ、同校三年生の秋までその養育に当つてきた矢先での本件事故の発生であつて、原告二男の死亡による原告固有の慰籍料としては一、〇〇〇万円が相当である。

4 逸失利益 一、七一八万四、八六四円

原告二男は本件事故の発生当時右高校の三年生であり、昭和五九年三月には右高校を卒業する予定であつたので、原告二男の年収と将来における年収を算定することは困難であり、その逸失利益を算出するに当つては昭和五八年度高校卒男子全年令平均賃金によつて推定し、その生活費控除を五〇パーセント、就労年数四九年とし、ライプニッツ方式により、その係数一八・一六八七で算出すると、原告二男の逸失利益はつぎのとおり三、四三六万九、七二九円であり、原告はその二分の一に当る一、七一八万四、八六四円を相続により取得した。

(24万6,100円×12+83万0,200円)×(1−0.5)×18.1687=3,436万9,729円

5 弁護士費用 一五〇万円

原告は本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その手数料として一五〇万円を支払うことを約した。

(四)  損害の一部填補 一、〇三八万七、七八〇円

原告は本件事故の発生に関して、自賠責保険から一、〇三八万七、七八〇円の支払を受けた。

(五)  結論

よつて、原告は被告に対し三、一六四万六、二四四円の損害賠償請求権を有していたところ、自賠責保険から一、〇三八万七、七八〇円の支払を受けたので、その残損害賠償債権は二、一二五万八、四六四円となるが、原告は本訴においては弁護士費用一五〇万円を含む一、六五〇万円および弁護士費用一五〇万円を除いた一、五〇〇万円に対する本件事故の発生した日の翌日である昭和五八年一〇月二七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実、すなわち、本件事故の発生の事実を認める。

(二)  請求原因(二)の事実、すなわち、責任原因の事実のうち原告二男が他人であることは否認するが、その余の事実は認める。本件自動車を運転していた訴外石井は本件事故発生の当時一六才で無免許運転をし、しかも原告二男を含む同乗車四名と共にシンナーを吸入していたところ、そのなかでは原告二男が一八才で一番の年長であるのに、訴外石井が無免許でシンナーを吸入して運転するのを制止しなかつたのであるから、本件事故は原告二男を含む五人が一体となつて発生させたものであり、原告二男は運転者本人と同様で、自賠法三条所定の「他人」には該当しない。

(三)  請求原因(三)の事実、すなわち、損害の事実のうち原告と訴外父とが離婚し、原告二男の親権者に原告がなつたことは認めるが、その余の事実は争う。

(四)  請求原因(四)の事実を争う。

三  抗弁

(一)  所有権喪失

被告は本件事故の発生する前である昭和五八年一〇月初旬ころ遊び仲間の訴外真鍋道宏(以下、訴外真鍋という。)に対し、本件自動車を代金二〇万円で売り渡すことを約し、同月二三日訴外真鍋に引渡したので、被告は本件自動車の所有者たる地位を失つたのであつて、被告には本件事故の発生によつて原告の受けた損害を賠償する義務はない。

(二)  好意同乗減額

原告二男、訴外石井、訴外真鍋ほか二名の遊び仲間は本件事故の発生した前日である昭和五八年一〇月二五日午後八時ころに吸入するシンナーを買い入れ、これを全員で吸入し、その有毒性と酩酊作用の影響下において、交代で本件自動車を運転し、訴外石井が運転しはじめてわずかで本件事故が発生しているのであるから、本件事故は全員が一体となつて発生させたものであると解するのが相当であるところ、原告二男はその中の最年長者であり、一六才で無免許である訴外石井に本件自動車を運転させた責任は重大であるから、好意同乗のうちでも悪質なものとして、本件事故の発生によつて原告の受けた損害のうち八割以上は原告において負担するのが相当で、被告において負担すべきであるのはその二割以内である。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)の事実のうち訴外真鍋が本件自動車を被告から買い受ける約束をしていたことは認めるが、その余の事実を否認する。訴外真鍋は売買契約の履行として本件自動車の引渡しを受けたものではなく、代金未払の状態でとりあえず預つたものである。

(二)  抗弁(二)の事実のうち被告主張のころシンナーを買いいれ、これを吸入した訴外石井が無免許で本件自動車を運転していて本件事故が発生したものであることは認めるが、その余の事実を否認する。本件自動車は訴外真鍋が被告から預つていたのであつて、訴外石井が運転するのを許諾しえるも訴外真鍋であり、原告二男にはシンナー吸入仲間に同行し、訴外石井が無免許で本件自動車を運転するのを制止しなかつた点があるものの、基本的には、一、二時間の共通目的のないドライブに同乗していただけで、しかも本件事故の発生と訴外石井のシンナー吸入との間に因果関係がないことをも考慮すると、被告主張の好意同乗による減額は二五パーセントを超えるものではない。

第三  当事者の証拠関係〈省略〉

理由

一本件事故の発生

請求原因(一)の事実、すなわち、本件事故の発生については当事者間に争いがない。

二責任原因基礎事実

本件事故の発生について被告に損害賠償責任があるか否かならびにその限度については当事者間に争いがあるので、その基礎となる本件事故の発生に至る経過について判断すると、請求原因(二)の事実のうち被告が昭和五八年六月ころから本件自動車を所有していたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が認められ、〈証拠〉のうちこれに反する部分は措信することができない。

(一)  原告二男は昭和四〇年八月一七日訴外父と原告の二男として出生し、埼玉県春日部市内に居住し、昭和五五年九月五日に両親が親権者を原告と定めて協議離婚したことに伴い、そのころから原告と兄正弘との三人で家庭生活を送るようになり、昭和五六年四月に私立埼玉共栄高等学校に進学したのであるが、被告、訴外真鍋らとの不良交遊下にシンナーを吸入して補導を受け、さらには無免許運転、喧嘩の非行を犯して浦和家庭裁判所の処分を受けたりし、昭和五七年九月ころには同高等学校を退学し、それから間もない同年一〇月ころに原告の実家に近い群馬県高崎市内に原告、兄と共に転居し、同年一二月ころから昭和五八年五月ころまで兄の勤務していた会社でアルバイトとして働き、月八万円位の収入をえ、さらにその後一月位店で働いたりしていたが、日曜、祭日ばかりでなく、春日部市内の遊び仲間の所へは遊びに行き、一週間帰らないことが二回あつた。

(二)  原告二男は昭和五八年七月ころ原告の許を出て春日部市内に行き、訴外井上好男(昭和四二年九月二三日生、以下、訴外井上という。)の所に居候するなどし、訴外真鍋と同じ親方について鳶職見習として働きはじめ、同じ中学校出身のこれらの者や被告、訴外石井、訴外松原信哉(昭和四三年九月三日生、以下、訴外松原という。)などとシンナー吸入を含む不良交遊をなし、また、同棲を具体的に考える女性とも交際し、同年一〇月ころ被告がいわゆる車高短のため整備不良車となる本件自動車の売却方を訴外真鍋に依頼した際には訴外真鍋と二人で本件自動車を購入することを検討したが、数日間考えて女性との同棲が先だと決断したことから、同月二〇日ころには訴外真鍋が一人で本件自動車を代金二〇万円で買い受けることに内定し、これを同月末日から毎月五万円宛分割して支払うことになり、本件自動車の引渡しと一回目の代金支払とを同時に行うことになつていたが、被告が代りに買い受けた自動車が予定より早くきてしまつたため、同月二四日から本件自動車は訴外真鍋に貸与されることになつた。

(三)  訴外真鍋は昭和五八年一〇月二四日に被告から本件自動車を買い受ける前提で借り受けるや、無免許であるのに直ちに原告二男と二人で約一、二時間春日部市内を交代で運転し、翌一〇月二五日の夕方からも本件自動車を自ら運転し、原告二男と訴外井上を同乗させてドライブに出て、途中で訴外石井と同松原を同乗させ、春日部市内などを走行しているうちにシンナーを吸入しようということになり、同日午後七時三〇分ころ訴外石井の出した現金で全員でクリヤーラッカーを購入し、本件自動車を約三時間停車させてその車内において全員でシンナーを吸入し、それから全員で運転を交代しながらシンナーを吸入する場所を移動し、翌日である同月二六日午前〇時四〇分ころから交代で運転してドライブに入り、訴外石井が無免許、かつ、シンナーを吸入した状態で速度を時速四〇キロメートルと制限されている埼玉県春日部市大字赤沼一、五七六番地七先道路を時速七〇キロメートルの高速度で本件自動車を運転し、同日午前一時〇五分ころ道路に段差のある所を進行した際にハンドル操作を誤り、進路左側の電柱に激突したため、本件事故が発生したのであるが、それによつて原告二男ばかりでなく、訴外石井も死亡し、他の三名も全治一〇日ないし一月を要する傷害を受けた。

以上の事実を認定することができ、右認定事実によると、本件事故は被告から昭和五八年一〇月二四日無免許であるのに、買い受ける前提で本件自動車を借り受けた訴外真鍋が翌一〇月二五日午後七時三〇分ころからシンナーを吸入する仲間でもある原告二男、訴外石井、訴外井上、訴外松原と共に本件自動車を停車させてその車内で全員でシンナーを吸入したり、全員で交代して本件自動車を運転するなどして遊んでいた際、訴外石井が無免許、かつ、シンナー吸入の状態で、高速度で本件自動車を運転したという無謀運転の結果発生したものであることは明らかである。

三責任原因とその限度についての判断

(一)  まず、責任原因について検討すると、請求原因(二)の事実、すなわち、責任原因の事実のうち原告二男が他人であることを除くその余の事実ならびに抗弁(一)の事実、すなわち、所有権喪失の事実のうち訴外真鍋が本件自動車を被告から買い受ける約束をしていたことについては当事者間に争いがなく、前記認定事実によると、訴外真鍋は昭和五八年一〇月二〇日ころ被告から本件自動車を代金二〇万円で買い受ける約束をしたことはあるものの、同月二四日ころ被告から本件自動車の引渡しを受けたのはその履行としてではなく、買い受けることを前提として借り受けたものにすぎず、また、本件事故の発生した当時本件自動車を所有していたのは被告で、これを借り受けていたのは訴外真鍋であつて、これを運転していたのは訴外石井であり、原告二男は遊び仲間として本件自動車に同乗させてもらい、同乗していた仲間らと無免許運転を交代で行つていたにすぎないことが明らかであつて、右認定事実によると、被告は本件自動車についての所有権を喪失していず、また、原告二男が自賠法三条所定の「他人」に該当すると解するのが相当である。

(二) つぎに、責任限度について検討すると、抗弁(二)の事実、すなわち、好意同乗減額に関する事実のうち訴外石井がシンナーを吸入したうえ無免許で本件自動車を運転していて本件事故が発生したものであることについては当事者間に争いがなく、前記認定事実によると、原告二男は本件自動車がいわゆる車高短の整備不良車で、本件事故の発生当時本件自動車に乗つていた遊び仲間四名が自分をも含めて無免許であることを知りながら、本件自動車に同乗し、これを危険を伴う遊びの道具として利用することに同調し、全員で相当長時間にわたりシンナーを吸入したうえその薬理作用の影響下において交代で本件自動車を運転し、訴外石井が指定制限速度を大きく超える時速七〇キロメートルの高速度で運転して本件事故が発生したものであることが推認され、右推認される事実によると、本件事故は原告二男を含む遊び仲間のいわゆる自招行為ないしは自業自得に近い反社会的、かつ、危険な自動車遊びによつて発生したものであることは明らかであるから、損害賠償の中心となる公平の理念に基づき、過失相殺の規定を類推適用し、本件事故の発生によつて原告の受けた損害を原告と被告において分担するのが相当であつて、その他の前記認定事実をも総合考慮すると、原告が被告に請求することができるのは損害の三割であり、その七割は自らにおいて分担するのが相当であり、被告の好意同乗減額の主張にはこの主張が含まれていると解される。

そうすると、被告は原告に対し本件事故の発生によつて受けた損害のうちその三割を賠償する義務がある。

四損 害

(一)  前記のとおりであつて、被告は本件事故の発生によつて原告が受けた損害のうちその三割を賠償する義務があるところ原告が本件事故の発生によつて受けたと主張する損害が弁護士費用をも含めて総額三、一六四万六、二四四円であることはその主張自体によつて明らかであり、原告本人尋問の結果によると、原告はそのうち一、〇三八万円については自賠責保険から支払を受けていることが認められる。

(二)  そして、原告が自賠責保険から支払を受けた一、〇三八万円が原告が本件事故の発生によつて受けたと主張する損害の三割を超えていることは計算上明らかであるから、仮に原告主張の損害が全額認定されたとしても、被告に請求することのできる損害に当る三割はすでに支払済であることは明らかで、さらに被告に請求することのできるものはない。

五結 論

そうすると、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官中山博泰)

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